覚醒体験と、愛されている私たち

先日、すごく印象的なことがあったから、今日はそれを記録したいと思う。

あまり、公には話していないことなのだが、
私の大切な人が、しばらく病の中にある。

こうした、真理の探究、宇宙の法則について、再び勉強するようになったのは、
その彼の、病気が大きな一要因だ。

本当に、中々言葉としては表し難い、
奇跡のような体験や、パラレルが変わるタイミングなど、
彼を通して、私はたくさん体験させてもらっている。。


そんな彼にとって、
ある大きな選択を迫られるタイミングが来ていた。

それは、かなりのリスクが伴うこと…
私自身の人生も、大きく変わるようなことだった。


そんな折に、シンクロニシティ共に、
病についてのメッセージが届いた。

『奇跡を起こすには、病に感謝することだ』

…という、ある人の言葉と、
同じタイミングで読んでいた本に書かれていた、この言葉。

いつも、祈りやエネルギーワークで、
彼のことは考えていたのだが、

彼の病自体に感謝したことは、
思い返すと、なかったかもしれないなぁ…
と、思い、

彼の病に、想いを馳せていた。


すると…
彼の中にある、無条件の愛が、
どんどんわたしの中に浸透していくような、
不思議な感覚になった。

そうか、彼は一度たりとも、
弱く、不完全になったことはなく、
ただひたすらに、わたしに、
本当の愛とは何か?ということを教えてくれていた…。

彼によって、わたしは奇跡を知れたこと。
真理を学べたこと。
自分を苦しませる選択をやめようと思えたこと。
素直に生きていいということ。
誰かを頼っていいということ。


…それら全てを、受け取ったなぁ…。



そんな事を感じながら、
その日は、主人と共に、ゆっくりと大阪で過ごしていた。

そして、休憩がてらカフェで休んでいた時に、ふと覚醒の波が、わたしを包み込んだ。


主人が私を愛していること…
彼が私を愛していること…
それだけでなく、世界の全てが私を愛しているんだ、ということが、
怒涛のようになだれ込んできた。

このカフェをみながら、
誰かがこうやって、アートを描いてくれたそれにすら、愛があった…。


どこかで、私なんて愛してもらっていない、
と、拗れた想いを持っていた私に、

世界がぐーっと寄ってきて、ハグをしている感覚があった。


…と同時に、
私たちは何があっても困らない。
圧倒的に大丈夫であることも、腑に落ちた…。


ずっと絵空事だと思っていた、
あるがままで愛されている、ということが、
細胞に染み渡っていった。


…本当は、
彼の病に対しても、
どのようになっても良いなぁという気持ちでいたんだが、

そんな、覚醒体験のような境地の中で、
ふと、もう彼が病である必要もないな…と思った自分がいて。

さあ、これからどう現実が動くのかが、
采配の見せ所である。



改めて。

今私が思うのは、、
私たちは、これほどまでに愛されていて、
本当は、何も困ることはない、ということ。

ただ、もし困っていると錯覚しているなら、
それは、自分の中にある偏りが、
その状況を作り出しているかもしれない、
ということ…。


愛されている、を感じるには、
まずは、感謝をする必要があって…。

その、感謝を圧倒的に増やした時に、
現実が一変し始める。



もし、あなたが、
今どんな状態でも、間違いなく大丈夫。


この感覚は、
また日がたてば薄れてしまうのでw

こうやって残したかったのと、
どなたかの心に、この感覚が浸透していきますように。



〜宇宙になる、IMAを生きる〜

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